もえろぐ

実家暮らしの20代独身男が今期アニメを面白おかしく解説するブログ。ときどき日記を書きます。

『水曜どうでしょう』は「インスタントカメラ」のある世界/おみまいするぞーwww


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どうもこんにちは。ヤスハルです。
最近はやる気が起きず『水曜どうでしょう』ばかり見ています。

 

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アニメは観ずに『水曜どうでしょう』を見る

 

4月ということで新アニメなんかも色々始まってますね。
当ブログは「アニメ感想」が柱の一つなのでちゃんとウォッチしないといけない気がするんですが、まだ全く視聴していません。

 

見よう見ようと思ってはいるのですがね……。
モチベがダダ下がりで見れてないです今のところ。

 

さてさてさて! 『水曜どうでしょう』
最近見直したのが「北極圏突入 ~アラスカ半島620マイル~」って企画です。
大泉さんの「おみまいするぞー」でお馴染みですね。

 

『水曜どうでしょう』は「ひらかれた内輪ネタ」だ

 

詳細は割愛しますが、いやあ面白い。見始めたら止まらないですね。
番組全体にも言えることですが基本的には内輪ネタではありながら、「ひかれた」内輪ネタってのがミソですね。

 

ガチな内輪ネタだと、いわゆる「家族写真(家族ムービー)」になっちゃって部外者にとってクッソつまんないものになりかねないのですが、やっぱ「水どう」は違いますね。


「はじめて」から「玄人」まで幅広く受け入れています。
クソ寒い動画を垂れ流してるツイキャスとかニコ生主とかYouTuberとかにも勉強してほしいです。

 

『水曜どうでしょう』は20年近く前の番組という事実

 

「アラスカ編」は1998年放送です。
もう20年近く前の映像とか信じられないですね。

 

でも今みても十分面白いのがすごいです。
テレビがまだ「生きていた頃」って気がしてならないです。
(いまのテレビはゾンビみたいなもんですね。YouTubeの動画を垂れ流してる番組とか吐き気がします。自分で面白いもの録って来いよ、と)

 

そして「お!」って思ったのは「インスタントカメラ」の存在。
当ブログの読者層は「25歳~44歳」なので知らない人はいないと思いますが、むかしは当たり前でしたよね~、インスタントカメラ。

 

今を生きている私たちとしては、世界的にデジカメとか写メとかスマホとかが当たり前になりすぎて、もうちょっとで思い出せなくなるところでしたインスタントカメラ笑

 

『水曜どうでしょう』が色あせないのは普遍的な「会話」で成り立っているからかもしれません。

 

当時の時事ネタとか最大のテクノロジーを使っているというわけではないから、「企画」が20年経ったいまでも廃れないですよね

 

ああいう企画は会話が肝で、会話は20年経っても色あせない。
それが『水曜どうでしょう』が今見ても面白い理由なんじゃないかなあ。

 

だからこそ「インスタントカメラ」が出てきたときに、「そうだよね、90年代の番組だもんね。そりゃあ出てくるわインスタントカメラ」と初めて思い出したわけです。

 

ちょっと変な感覚ですが、小道具に「古さ」を感じました。
同時に懐かしさもありますね。

 

そういえば僕がキッズだった頃は図画工作とか好きで、近所のカメラ屋さんに「空のフィルムケース」貰いに行ってましたもん。まさにインスタントカメラ全盛期でした。
思い……出した……!

 

まとめ:普遍的であれ!

 

『水曜どうでしょう』みたいに10年経っても、20年経っても愛される存在でありたい。


僕はそう思うわけです。


ならばどうするのか――。
これを常に考えている必要がありますね。

 

今のところ「廃れない知識」というか、「陳腐化しないスキル」というか、そういうものとして挙げられるのは「ライティング(書くちから)」と「広告(宣伝)」だと思っています。

 

姿かたちは変われど「広告」はいつの時代にも必ず、絶対に、ありますからね。剣と魔法のファンタジー世界にもあります。


あと「とと姉ちゃん」とかに出てくる「雑誌の裏側のスポンサー枠」とか見てても思いますもんね、「あ、広告は絶対に消えてなくならない」な、と。

 

そしてライティング
これもなくならないでしょうね。

 

電子書籍になっても「文字」は消えないですし、たとえ記者がAIになってもべつに文字が消えてなくなるわけじゃない。なのでそういう意味で、ペンは武器になると思ってます。人間にしか書けないこともあるでしょう。

 

磨いていきてえなあ!
ライティング能力ぅ!!!

 

アニメにしたってそうですよね。
10年経っても20年経っても愛されるアニメがあるわけですし、逆に当時生まれていなかった人たちが「好き」になることだってあるわけです。

 

普遍的なものが欲しい。
普遍的な存在でありたい。


切実にそう思います。