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歴史家は「検察官」であり「弁護士」であり「裁判官」である


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歴史は刑事事件の裁判に似ている。
警察官として証拠を集め、検察官としてある事実を主張し、弁護側としてそれを否定し、裁判官としてある事実の有り無しを判断する。
すべては証拠(資料)を集めと理論の組み立て次第だ。

 

 刑事裁判と判決の意味

 

(刑事)裁判において、その場にいる誰もが事件そのもの(過去)を直接知ることはできない。被告であっても、その瞬間を裁判の場で皆に体験させることはできない。あくまで主観的な出来事だからだ。

 

そこにあるのは証拠(資料)だけである。
検察側はそれを有罪の証拠として扱い、論理を組み立てる。一方、弁護側はそれを否定し、またその説明を加えるべく新たな証拠を提示する。そして、裁判官は両者の主張を吟味し、判断を下す。

 

ポイントは、判決から真実(過去)は分からないということだ。つまり判決とは、その時オープンにされた複数の証拠から想像する限り「もっともらしかった」というだけであり、「正しさ」とはまた別の話だということである。

 

仮に有罪だったしても、本当に起きたのかは誰にも分からない。
もしかしたら検察側の難癖がたまたま通ってしまっただけで、弁護士が無能なために有効な反論ができずに終わり、裁判官としても否定されなかった以上、難癖だったとしてもそれを認めざるを得ない。裁判官も例え冤罪だと分かっていてもそうせざるを得ないのだ。

 

逆に無罪だからといって、被告が犯罪者である可能性は否定しきれない。もしかしたら本当に「やった」のかもしれない。弁護士の巧みな話術に検察側が太刀打ちできなかっただけかもしれない。

 

このように裁判は難しい。歴史も似たようなことが言える。
歴史は意図的に変え得る営みだ。
いやそのような意図がなくとも、そもそも証拠が間違っているかもしれない。
嘘が混ざっているかもしれないし、「記憶違い」や「勘違い」、「思い込み」が含まれているかもしれない。だから歴史を考えるにあたり「何があったか」を認めるためには、常に慎重な判断を下す必要がある。

 

実例『ヴァレンヌ逃亡事件』~国王は逃げたのかどうか~

 

例として「ヴァレンヌ逃亡事件」を挙げたい。
これは、フランス革命の最中、ルイ16世が国境の町・ヴァレンヌで逮捕された事件だ。一般的に「ルイ16世が亡命に失敗し、パリに連れ戻された事件」として記憶される。

 

まず、ここで言っておきたいのは、国王がパリからヴァレンヌへ「移動」したことは、紛れもない事実であるということだ。足取りを示す資料からして間違いない。
先ほどの裁判の例で言えば、検察側も弁護側も裁判官側も認める事実だろう。

 

問題はその「意図」である。どうして国王は国境のヴァレンヌにいたのか。この判断が難しい。それを示す明確な証拠が無いからだ。

 

となると、ここからは議論の余地があるということになる。

 

食い違う3つの主張

 

検察側の主張「国王は逃げようとした(国王逃亡説)」

無論、国王をパリに連れ戻した革命派は国王逃亡説を主張する。
「国王は逃げようとした。こんなことが許されるのか」と。

 

弁護側の主張「国王は誘拐された(国王誘拐説)」

一方、国民議会の主流派(国王派)は誘拐説を唱えた。
堂々と「逃げてない」と主張できなかったところは哀愁漂うが、消極的ではあるものの革命派に反論している。そう、「(国王の意思に反して)誘拐されたのだ」と。

 

国王の主張「旅行しようとした(国王旅行説)」

さて当人は何と言ったのか。
何と「旅行」! そう、旅行するためヴァレンヌに行ったと言うのだ。

 

やっぱり逃げたということになるが......

 

さて困った。三者の主張は真っ向から食い違っている。
どう判断すべきか。

 

今のところ「逃げた(革命派の主張)」ということになっている。


どうして誘拐も旅行も否定されるのか。なぜ革命派の主張が通ったのか。
それは強力な証拠が出たからだ。1つ目は「国王が召使いの恰好をしていた」ということ。2つ目は「国王の周囲に国外逃亡を勧める者がいた」という事実。そして3つ目に「旅行としては足取りが不自然なこと」だ。

 

このような証拠から誘拐説と旅行説が否定され、革命派の主張が有力となったことで国王への信頼が失墜した。国王は処刑され、王政はついに廃止されることとなる。

 

革命の流れをつくったこの事件は重大な意味を持つ。
現在に生きる我々からもそうだし、当時の人々も、本当に「逃げたのか」は非常に重要なことだ。しかし過去のすべてを知ることは不可能である以上、証拠で判断するしかない。

 

とは言え、本当に逃げたのかどうかは誰にも分からない。
「逃げたということになっている」に過ぎないのだ。
最初に述べたように、この国王のヴァレンヌ逃亡は有罪とされるが、冤罪の可能性だって十分にある。これから将来、有力な証拠が提示されれば、この歴史的な大事件だって簡単にひっくり返せるのだ。

 

歴史は一つとは限らない

 

要するに、歴史家は検察役、弁護役、裁判官役を1人でこなしていることになる。
しかしだからと言って好き勝手してよいというわけでもない。様々な可能性(資料)を突き合わせて、最も説得力のある判断を下す必要があるのだ。

 

また、1人の歴史家によって再構成された過去=歴史は、絶えず他の歴史家によって検証され続ける。時間にも囚われない。現在・過去・未来、すべての歴史家たちに批判・再考され得る。


資料に基づかなかったり、説得力に乏しかったり、解釈がおかしければ修正されることだってあるのだ。

 

歴史は「今」の営み

 

歴史は過去を扱う営みでありながら、常に現在進行形の営みとも言える。
歴史は『現在と過去との間の尽きることのない対話』なのである。<E.H.カー(英・歴史家)『歴史とは何か(1962/岩波新書)』>